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じゃらん北海道版の思い出 〜大泉さんの東京生活〜
 おそらく1994年の冬。

 2度目の大学受験を受けに、東京へやってきた大泉少年。当時19or20歳。その頃東京で一人暮しをしていたお兄さんの所へ、付き添いで来たお母さんと一緒に1週間ほどお世話になることにしました。

 お兄さんが住んでいたのは「超」がつくほどの「ボロアパート」(←注・大泉さんがこう書いてたんだって)。築ウン十年の、今にも壊れてしまいそうなアパートでした。

 しかしミーハーな大泉少年は、たった1週間とはいえ「東京での生活」が出来ることがとても嬉しく、特にアパートのボロさ加減を気にすることもなく、東京での1週間限りの生活をスタートさせました。

 翌日。お母さんは一人、札幌へ帰っていきました。大泉少年はこれから、今回の東京滞在の理由である「大学受験」を乗り越えなければなりません。東京で一人暮しをしているお兄さん、2度目の受験を控えた大泉少年のことが心配でたまらなかったのでしょう、お母さんは帰りがけに「肉まん」を買って、部屋に置いて行ってくれました。

 その夜、受験を終え、大泉少年は一人アパートに帰ってきました。お兄さんはまだ帰宅をしておらず、部屋は寒くて真っ暗です。それに少しさみしさを大泉少年は感じましたが、肉まんと、そばに添えられていた置き手紙を読み「これを食べて、がんばりなさい」というお母さんの優しさを思い、嬉しくなりました。

 とりあえず部屋の灯りをつけ、コタツのスイッチを入れます。北海道とは比べものにならないですが、実は東京の冬も結構寒いのです。ボロアパートのため、多少、外の冷たい空気も入ってきているのかもしれません。「完全暖房」の北海道人にとっては「なんでこんなに家の中が寒いんだ」と、東北・北陸以南の地域の中途半端な暖房を少し腹立たしく思ったでしょう。

 この部屋の暖房器具は、このコタツのみ。体を冷やしてカゼなどをひいてしまったら、まだいくつかの受験を控えている大泉少年にとっては命取りです。

 「おなかも空いたし、さっそくこの肉まんを温めて食べよう」

 大泉少年は、電子レンジに肉まんを入れ、「あたため」のスイッチを押しました。

 バチッ!

 一瞬にして部屋は真っ暗。蛍光灯、コタツ、その上電子レンジを「合わせ技」で使ってしまったため、ヒューズが飛んでしまったのです。ヒューズを元に戻そうにも部屋の中は真っ暗でなにも見えないし、第一ヒューズのある場所すら分かりません。大泉少年は慌てます。

 「どうしよう・・・」

 いまだ帰ってこないお兄さんを待ちながら、暗く寒い部屋で、一人さみしく「冷たい肉まん」を食べました。


 2、3日後。受験を無事に終えた大泉少年は、その日もまだお兄さんが帰宅していない部屋へ帰ってきました。そしていつものように部屋の灯りをつけ、コタツのスイッチも入れました。お兄さんが受験に立ち向かっている弟のためを思い、夕飯を作っておいてくれてありました。家族の優しさを再び感じた大泉少年は、帰りの遅いお兄さんを待たずに、先に夕飯を食べることにします。

 大泉少年は、夕飯のおかずを電子レンジに入れて、「あたため」のスイッチを押しました。

 バチッ!

 愚かな大泉少年は、また同じ失敗を繰り返しました。

 「どうしよう・・・」

 「蛍光灯+コタツ+電子レンジ=ヒューズが飛ぶ」という公式をすっかり忘れていた大泉少年は、、やっぱり今日も、暗く寒い部屋で、一人さみしく冷たい夕飯を食べました。

 
 たった1週間の滞在中に、2回も「真っ暗で寒い部屋」で東京の夜を過ごしてしまった大泉少年。それが原因かどうかはわかりませんが、結局地元・北海道の大学に通うこととなり、「今の大泉さんが在る」のでありました。
| 水楽会・マコ | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
じゃらん北海道版の思い出◆ 疎臉瑤気鵑梁感販更圈
 大泉さんが大学4年生の時の話です。

 もうすぐ大学卒業を迎える大泉さん。当時24歳。すでに「水曜どうでしょう」出演者として、日本ばかりか海外にまで「連れ回される」旅をさせられていた頃です。

 大学の夏休み中に、大泉さんは卒業旅行に行くことを思いつきます。「たまには一人で、ぶらりとしたい」。そう思い、今回は「初めての一人旅」をすることになりました。いつもだったら「4人」で「行きたくもないところ」へ連れて行かれ、バスやフェリーに「打ちのめされて」札幌まで帰ってくるという、とても乱暴な旅しかしたことのない大泉さんが選んだ行き先は、「京都」でした。

 「ロケ」では何度となく、京都の駅前には降り立っていましたが、今回ばかりは違います。自分の行きたい時間に、行きたいところへ行き、食べたいものを食べようという、極めて「当たり前のように普通」の旅なのですから。「舞妓さんと差しつ差されつ」だってやろうと思えば出来るのです。

 千歳から関空へ向かい、京都の街に着きました。一人旅なのだから、誰にも気を使わなくてもいい。うるさいヒゲも、くちびる星人も、カメラマンもいない。

 大泉さんは、京都を満喫しました。高校時代に修学旅行で訪れた京都と、少し大人になって訪れる京都では、楽しみ方も違います。まずは神社・仏閣めぐり。その中にある伝統的な「ふすま」の絵を見たり、お庭を散歩したり、「大人ならでは」の旅を続けます。おなかが空けば、おたべ、湯豆腐、八つ橋を食べ、京都の一人旅を存分に楽しみました。

 そして最終日。

 帰りの飛行機は、わりと早い時間に予約をしてありました。

 ところが、京都を満喫しすぎていた大泉さんは、寝坊をしてしまい、慌ててなんとか関空までは行きましたが、自分が乗るはずだった飛行機はすでに空の上。乗り過ごしてしまったのです。

 「やばい・・・」

 しかし、乗り遅れたのであれば、お金はかかってしまいますが、もう一度チケットを買えばとりあえず札幌には帰れます。

 ところが、またもや京都を満喫しすぎていた大泉さんは、チケットを買うお金がもうありませんでした。行きたいところに行き、食べたいものを食べた結果、財布の中はすっからかん。おまけにクレジットカードも、銀行のカードもありません。空港会社のカウンターで、受付のお姉さんに事情を説明しましたが、こればっかりはどうにもならないらしく、困り果ててしまいました。

 「おれは、このまま札幌に帰れずに、関西人になるのかも・・・」

 そう、大泉さんは「関西人になる覚悟」を決めつつありました。

 しかし、ここでひとつのグッドアイデア!をお姉さんが思いつきました。

 「今ここで、お客様にお金をお貸ししてチケットをお売りすることはできません。ですが、おうちの方に千歳までチケット代を持ってきていただいて、千歳で”関空→千歳”のチケットを買えば、チェックインできます。なんとかいたしましょう!」

 もうその方法しか、札幌に帰れる手立てはありません。でないと、本当に関西人になってしまいます。幸いにも、札幌行きの便には空席があります。急いで札幌の自宅に電話をかけ、事情を話し、お母さんにチケット代を千歳まで持ってきてもらい、”関空→千歳”のチケットを買うよう、頼みました。

 
 お姉さんのグッドアイデアと、チケット代を持ってきてくれたお母さんのおかげで、無事に札幌行きの飛行機に乗ることが出来た大泉さん。家に帰ってから、お母さんにさんざん叱られたのは、言うまでもありませんでした。
| 水楽会・マコ | 01:44 | comments(2) | trackbacks(0) |
じゃらん北海道版の思い出  疎臉家・大ブレイク〜
 カリー軒さんで読ませていただいた「じゃらん北海道版」の大泉さんの連載(雑誌・新聞などのたくさんの記事がファイリングされていて見ごたえ十分でした!)。あまり時間がなく、ザッとしか読めませんでしたので、薄れていく記憶を頼りに、かいつまんでご紹介。


 今から5、6年前のお話。当時、すでにタレントとしてテレビにラジオにと大忙しだった大泉さん。その頃ちょうど大泉さんのお父さんが定年退職され、「お疲れ様会」をするべく、なんとか忙しいスケジュールを空けてもらい、両親、兄夫婦、おじいさん、そして大泉さん(みんな”大泉さん”なんだから、ここから”洋さん”と呼びます。ようござんすね?)と、「大泉家オールスターズ」で定山渓温泉へ1泊旅行に行った時でした。
 
 泊まったところは、テニスコート、プール、なんでもアリの豪華な大型ホテル。「せっかくいろんな施設があるんだから、やらなきゃ損」。「貧乏性の大泉家(←注・洋さん本人がこう書いてた)」は、えらいハシャギっぷりよう。早速お母さんは「昔とった杵柄」でテニスを始めます。しかし、北海道では面が割れすぎている洋さんは、おとなしく観戦をしていました。
 
 すると、そこへ楽しそうにテニスをやっているお母さんが羨ましくなったお父さんが「おれにもやらせろ」と登場。テニスはほとんどやったことがなかったお父さんは、お母さんに教えてもらいながらやるうちに、どんどん楽しくなってしまい、それにつられてしまった洋さんも、自分はタレントなんだということを忘れ、一緒になってテニスを始めてしまいました。

 そうしているうちに、「次はプールだ!」ということになりました。ところがお父さんは先ほどのテニスで疲れてしまったようで、「おれは休んでる」とプールサイドで休憩。洋さんもさっきはつられてはしゃいでしまったことを反省し、やはりおとなしくしていることにしました。
 
 プールであいかわらずはしゃぐお母さん。兄夫婦も楽しそうです。
 
 それを見ていたお父さん。またもや「羨ましく」なり、プールで泳ぎ始めました。そしてやっぱり楽しくなってしまい、「お〜い、洋、お前も来い!」と洋さんを呼びます。
 
 懸命な洋さんは「いや、おれは・・・」と最初は乗り気ではありませんでした。しかし、プールではしゃぐ自分の家族たちの、なんて楽しそうなことでしょう。これを見ていて、おとなしくしていられる洋さんではありません。とうとうプールに入り、一緒になって泳ぎだします。
 
 楽しく泳いでるうちに、お父さんが突然「よしッ、リレーをやるぞ!大泉家勢ぞろい、3世代に渡るリレーだぁ!」と宣言。

 「ええっ?」動揺を隠しきれない洋さん。そらそうです、他にもお客さんのいるプールで、すでに「大ブレイク」している大泉家の皆さんはあまりに目立ちすぎている。その上さらに「リレー」を始めるなんて、危険すぎる行為です。しかし「もうここまできたらどうでもいいや」という気分になった洋さんは、リレーに参加することを決意しました。
  
 リレーの順番は、父→兄→洋→じいさん。当時のおじいさん(”雪面の飛魚”小さい方をご使用)の年齢が「90歳」とご高齢。にもかかわらず、アンカーとして登場。
 
 「なぜじいさんがアンカーなのか?」という疑問が瞬時に浮かびましたが、そんなことを気にするような大泉家オールスターズではありません。
 
 結局、当初気にしていた「タレントとしての自分」はすっかり忘れ、久々の家族旅行を満喫した洋さんでした。
| 水楽会・マコ | 00:18 | comments(0) | trackbacks(1) |

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